猫が教えてくれた「自分の人生を自由に生きる方法」1

猫はいつでも自由。

猫って、いつだって自由に生きていますよね。

寝たいときに好きなだけ寝て、

お腹が空いたら鳴いてご飯を求めてくるし、

甘えたいときは可愛く擦り寄ってくる。

 

かと思ったら、急にそっぽ向いて愛想尽かしてしまったり。笑

 

猫好きな人には、猫のそんなどこか掴めないところも、

たまらないポイントだと思います。笑

 

私が初めて猫を飼ったのは、保育園に入る前だったので、

物心ついたころには、猫1匹も家族の一員として一緒に暮らしていました。

 

最初の愛猫、賢くて優しい猫「ニャース」

最初に飼った猫の名前はニャースで、拾い猫でした。

某人気アニメのモンスターに似ていたので、そこから名前を頂いたみたいです。笑

 

ニャースは、毛並みがモッフモフで、尻尾が丸いシュシュのようになったメス猫ちゃんでした。

とっても賢い猫でした。

今振り返っても、あんな賢い猫はそう多くはいないだろうな、と思ってます。

 

 

私が小学一年生の頃、ニャースはもう随分と歳をとっていたのですが、

私が当時習っていたピアノ教室までの道のりを、寄り添って一緒についてきてくれました。

わずか300メートルくらいですが、子供ながらに会話しながら歩いていました。笑

 

一時間くらい経ってレッスンが終わって、先生の家を出ると、

いつも外にはニャースが待ってくれていました。

 

そのピアノ教室の前の公園が、小学校の登校班の集合場所だったので、

学校に行くときも、集合場所まで毎日一緒についてきてました。笑

登校班のみんなにも覚えてもらって、可愛がってもらいました。

こっちまで嬉しかったのを覚えています。

 

私が兄と喧嘩してボロクソにやられて一人で泣いているときも、

いつも横に寄り添ってくれて、なぐさめてくれました。

 

そんな優しいニャースとの別れは、本当に突然でした。

 

小3くらいだったでしょうか、、

夏休みで朝から友達と自転車で泥だらけになって遊んで、

昼ご飯を食べに帰宅した時のことです。

家の前に自転車を停めている私に、姉が部屋の窓を開けてこう言いました。

「ニャースが死んじゃった・・。」

 

その時最初は、全く信じる気もなく、いつものようにからかって姉が私に

嘘をついてるんだ、と思っていたので、

私は姉に「嘘だろ!笑」と言いました。

 

でも、姉の顔は本当に悲しそうで、、

そこで言いようのない不安と恐怖が襲って来たのをよく覚えています。

 

そして、急いで玄関を開けて、家に入ってみると、

そこにはタオルに包まって箱の中で動いていないニャースの姿がありました。

 

私は生まれて初めての家族の「死」との対面だったので、

状況がよく掴めませんでした。

 

触っても冷たくて、硬直してて、

鼻からは体液が漏れ出していて、、

 

「これが本当に昨日まで生きていた、あのニャースなの・・・??」

と、信じられませんでした。

 

でも、何十分もそばに座って撫でている内に、

「ニャースは、本当に死んでしまったんだ、、」と、

初めて「死」を認識しました。

 

本当に哀しくて、悲しくて、涙がずっと止まりませんでした。

兄や父も帰ってきて、驚いた様子で死に対面していました。

 

みんなで泣きながら、冷たくなったニャースの身体を撫でて、

夕方に、父が一人で、庭にスコップで深い穴を一生懸命掘って、

日が暮れたころに、家族みんなで最後のお別れの言葉とともに、

埋めてあげました。

 

こんなに悲しいことがあるのか、、と

15年以上経った今でも思い出すほどでした。

 

そんな哀しい思い出も経て、

今ではもちろん、ニャースには「愛と感謝」しかないですね。

「本当に楽しい時間をありがとう!

たくさんの愛を振りまいてくれてありがとう!

一生忘れないよ!

最高の思い出をありがとう!」

そう、天にいるニャースに、心で伝えています。

 

昨日まで当たり前に存在していた「命」の、

尊さ、儚さ、あっけなさ。

それらをニャースが確実に教えてくれました。

 

そして、「進太郎、もう悲しまないで!天国でずっと見守ってるから、キミはもっと自由に生きて良いんだよ!」

そう言ってくれているような気がします。

 

ニャース、ありがとう。

 

お読み頂いてありがとうございました。

 

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