人はなぜイライラしてしまうんだろう?

 

 

口を開けば自分以外の誰かの悪口、陰口、愚痴。

人はなぜ愚痴を吐いて卑屈になってしまうんだろうか。

 

 

私は、

それは、自分自身への愛が足りないから。

そして、自分自身への愛に飢えているからだと思います。

 

今の自分の生活に愛が溢れていたら、

今の自分自身に愛を持てていたら、

自分自身のことが本当に好きだったなら、

 

他人を貶して、否定して、見下すことで優越感に浸るなんてことは絶対しない。

 

他人に言った言葉、

他人にした行動、

それらはすべて鏡のように自分に返ってくる。

 

他人を貶せば、その負のエネルギーは回り回って、

形を変えてでも、必ず自分に返ってくる。

 

反対に、他人に愛をもって接せば、

その愛のエネルギーも必ず回り回って自分に返ってくる。

 

 

因果応報。エネルギーは循環している。

これはこの世界の真理。誰にも否定できない不変の真実。

 

 

しかし、正義なんてものは人それぞれの考え方で、まさに千差万別。

 

自分が正義だと確信してやまないものでも、

他人からしたら悪かも知れない。

その一人一人に信じている正義があるから。

 

 

その異なる正義同士の衝突の最たるものが、戦争

 

不安だから、恐怖を感じるから、

他者を殺して安心を得ようとする。

 

自分を愛していて、安心していて、調和していれば、

他者に嫉妬したり、傲慢に走ったり、憤怒したりする気は起きない。

 

ネットにあふれる誹謗中傷も、すべて愛に飢えた人々の叫び。

 

愛のある批判は、その対象のためになり得るものだけど、

ただ批判したいだけ、貶したいだけの中傷は、対象のためになんかなるはずがない。

 

他人に与えたエネルギーは自分に返ってくるから、

誹謗中傷すれば自分の劣等感や罪悪感をより強化するだけ。

それがたとえ無意識でも。必ず。

 

 

社会は、どれだけ上手く自分の気持ちを見てみぬ振りできるかの、練習の場所かもしれない。

 

そして、そんな練習を一通り終えて、

やっと順応しきった頃には、

もう老いぼれてしまっている。

 

いつからじぶんはこうなってしまったのだろう。

 

もっと心の底からやりたいことやって、人に喜んでもらえて、

世間の目や、他人の評価にブレずに、

本当の意味での「自分軸」で生きれていたら・・・

 

そんな人達が、今の日本にはどれだけいるのだろうか。

 

他人の顔色を伺って自分の言いたいことややりたいことを抑え込んで、

 

そんな日々を人生の大半に費やしてまで、学ばなければいけないのか。

それがほとんど役に立たないことなんて、学校の教育がとっくに証明しているはず。

 

我慢して我慢して、それでもひとより少しでも幸せになるために、、って。

そんな我慢の限界を超えた人たちが、

今日も駅のホームから、線路に吸い寄せられて、

終わらせてしまう。

 

またひとり、またひとり、と、

愛を忘れてしまった肉体の、学びが終わる。

 

そんな我慢に支えられ、回っている社会が、

本当に素晴らしい未来を作るのか?

 

そんな人達の犠牲の上で、笑えているのか?

 

 

自分が本当にやりたいこと、

心の底から楽しいと思えること、

本気で好きなこと、

それプラス、他人の役に立つことで、誰も傷つけないこと。

 

それを一人一人が最高に楽しんでやれる世界なら、

この地球がどんなに素晴らしい星になるのだろうか・・・。

 

 

でも、、

そんなことを考えている私も、まだ「外」に依存して、

外側を気にして生きているのだろう。

 

「内」に向き合って、自分を本当に好きになれたなら、

「外」がどんなものでも、愛すことができるのだと思う。

 

 

 

まとまりのない文章ですみません・・。

でも、自分の気持を正直に綴ることに大きな意味があると思います。

 

この人生で起こる全てのことは、学びであると気付けました。

 

この世界に「良い」も「悪い」も存在しない。

 

全ては「中心」「真ん中」「中庸」。

 

「陰」があるから、「陽」がある。

 

「プラス」があるから「マイナス」がある。

 

「ネガティブ」があるから、「ポジティブ」がある。

 

 

イライラするのはなぜだろう?

自分は何にイライラしているのか?

イライラの根源を追求すれば、

それは必ず「愛」にたどり着く。

 

相手からの愛に飢えているから腹が立つ。

自分自身への愛に飢えているから、自分に腹が立つ。

 

イライラしてしまう自分を否定せず、

認め、許し、向き合う。

 

「イライラしちゃダメだ、ダメだダメだ・・。」

そう思えば思うほど、イライラしている自分のイメージだけが強化されてしまう。

 

だから、

「今私イライラしているな。でも、イライラしてもいいんだ。これも大事な自分の感情なんだ。」

と、客観的に感情を捉えて、否定せずに認めてあげると、

だんだんイライラの原因が、外ではなく、内に在るのだと気付けるはず。

 

そして、ゆっくり自分を理解していって、

自分に愛を持つことができたなら、もう外のことでブレることはなくなるんだと思う。

 

存在しないほうがいい人なんて、誰一人いない。

「みんな違ってみんな良い。」

 

自分の本当にやりたいことがわからなくても、

ゆっくり、小さなことや当たり前に思えていることに、愛を見出すことで、

自分の本当の心の底の気持ちが見えてくるはず。

 

決して急がず、焦らず、、

 

ワクワクする気持ちに、ひたすら身を任せていきましょう。

 

お読み頂いてありがとうございました。

 

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