【殴り書き】記事がどうしても書けなかった!書けなかったからこその今

ありのままの殴り書き

最近はずっと記事が書けないでいました。

なんかどうしても書けませんでした。

どうすればいいのかわからなくて、ひたすら自分の今したいことをダラダラとやって過ごしていました。

 

ブログに集中できなくて、でも無理やりやろうとも思えなくて。

 

両親の仲もやはりまた最悪な状態になり、一緒にいるのにお互いが憎しみ合って疑い合って、常に戦っているような雰囲気で、そんな雰囲気を感じ取ってしまうからこそ自分はどうしようもなく悲しくて、1人でどうしようもなく闇期に陥っておりました。。

もう耐えられませんでした。

 

寂しいなら寂しいと言えばいい。

辛いなら辛いでいい。

それはわかっていても、どうしても自分の素直な気持ちがわからなくなってしまって、今こうして文字を書いている最中もすぐにわけがわからなくなってきます。

 

正直揺らぎます。

一瞬で消え去れたら本当に楽だと思います。

 

でも、そんなこと絶対できないのもわかっています。

でも、どうしても行動する気も起きなくて、ずっとブログから距離を置いていました。

 

記事の書き方もすっかり忘れかけています。

これまで毎日のように自分の本音をさらけ出すのが心の支えになっていたのに、そこからも逃げて離れていたことで、心の膿がどんどん溜まっていたように今思います。

 

無理に自分を抑え込んで、自分の本当の気持ちを偽って生きるのは疲れてしまいます。

 

だからこそ、このブログではそういう人に見られたくない部分こそ、ありったけにありのままに吐き出していこうと決めていたのに、、

 

ここ一ヶ月くらいは本当になにもする気が起きなくて、でも身体のメンテナンスだけは欠かさず行っていました。

身体のメンテナンスを怠らないのは、きっとまた健康に日々を過ごしたいという気持ちがあったからだと想います。

 

正直、死ぬほど寂しいんです。

ここ一ヶ月で何度も1人で泣いてしまいました。

 

男のくせに情けないと想います。

でも、正直な自分を許してあげたかったんです。

なにもしたくないならしなくていいと想いたかったんです。

 

これまでもそうやって波がありつつも、一歩ずつ進んできたからです。

 

 

なんかもうこの記事、ゴチャゴチャになってしまうと思いますが、ありのままで書かせて下さい。

 

正直、本当に悔しいです。

この一ヶ月間くらい、ひたすら自分の記憶が蘇って来たのですが、

大学時代の部活の葛藤や、悔しさなどが、一気に溢れてきて、

本当はもっとできるのに、なんでオレだけがこんなに怪我で苦しまなきゃしけないんだよとか、

 

こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに、なんで誰もわかってくれなんだよとか、

腰の痛みも肉離れも、怪我って、他人からは理解されにくいことが多いです。

だから、本当はサボってるだけなんじゃないかとか、いーなー休めて、とか、そういうくだらない偏見もどうしてもうざったくて、

毎日毎日モヤモヤイライラしてて、でも無理してでもそういう中途半端な奴らだけには死んでも負けたくなくて、

 

だから毎日身体が壊れていくのをわかりながら、毎日毎日諦めずに努力しました。

「そんなに無理してストイックにやって馬鹿みたい」なんて影でバカにされてるのもわかっていましたし、それでも余計そんな奴らを見返したくて、どうしても活躍したくて、自分の身体が壊れても行動を辞めませんでした。

 

その結果、結局活躍はおろか儚く部活人生は終わりましたし、身体にも大きなツケを払うことになってしまいました。

 

これから先もずっと苦しまなきゃいけないと思って絶望しました。

本当にだれも味方なんていないと思ってましたし、自分の気持は誰にも理解されないと思ってました。

 

全部自分が悪いのはわかってますし、だからこそ辛いんですよね。

 

他人を見返すためにやっていたから自分を見失っていたし、無理することを辞められなかったです。

他人は他人なのに、見下して、過度に評価を気にして、見られ方を気にして依存して、

そしていつしか本当の自分の身体と心の悲鳴を無視して突っ走って、結局大きな後悔を生む結果になりました。

 

でも、そんな絶望を経験したからこそ、見えたこともわかったこともたくさんありました。

 

挫折したからこそ、孤独だからこそ、寂しいからこそ、辛いからこそ、わかったことがたくさんありました。

 

他人に失神するほど殴られたからこそその痛みが本当によくわかったし、

色んな人からの裏切りや、仲間への失望を経験したからこそ、結局人間はみんな弱い生き物なんだということもよくわかりました。

 

今まで自分の周りに居た人間は、友達でもなくただの知り合いでしかなかったんだと思いました。

 

でも、それは自分が嘘をついて生きていたからです。

本当の自分を抑え込んで、人によく見られたいという仮面を被り、偽りの自分で生きていたから、周りもそりゃ信頼しないし疑うし、簡単に裏切れるんですよね。

 

それらはすべて自分自身を映す鏡だったんです。。

 

一度は本気で絆を感じ、切磋琢磨した仲間だったからこそ、その裏切りはとても心の傷になりました。

でも、みんなそれぞれ嫌なことや悩みがあったからこそ、本当の自分では生きれなくて、他人を裏切ってしまうこともあると思うんです。

 

傷つくとわかっていても止められないのが感情ですし、それがあっての人間だと想います。

 

だから、「みんなちがってみんないい」

 

みんなちがうんだから、自分と同じにしようとしなくていい。

 

相手を変える必要なんてなく、大事なのは、いつだって自分自身のホントの本当の本気のありのままな気持ちだと想います。

 

これを書いている内に少しずつですが、自分のホントの気持ちが見えてきそうな気がしてます。

 

 

もう少しありのままで書かせて下さい。。

 

最近は、今の仲の悪い両親を見たくないからなのか、昔の楽しかった家族との想い出がよく思い出されました。

色んな所に連れて行ってもらったこと、旅行やスキーや川や海に車でたくさん出かけたこと。

 

私は車酔いが半端なくて、移動時間があまり好きではなかったんですが、それでも父と母には本当に色んなところに連れて行ってもらったことをよく覚えていますし、嬉しくて、楽しくて、ワクワクしていました。

 

もちろん昔から父や母の悪く思える部分が出ていたのは記憶に残っています。

子供が大きくなるにつれ、楽しみが減り、いつしか夫婦の距離も離れていって、少しずつ少しずつ、そういうすれ違いが、今につながっているのかもしれません。

 

愛猫の死、祖父母の死、いろんな別れを経験して、私の両親は不安で、寂しくて、悲しくて、孤独だったんだと想います。

 

だれかに頼りたかったし、だれかにもっと必要とされたかったんだと想います。

 

そして、そんな寂しさを直視したくなくて、2人はお互いにますます遠ざけあって、疑い合って、そして色んな欲望を満たすことで不安にフタをしているんだと想います。

 

でも、それは悪いことでもなんでもないと想います。

みんななにか悩みや不安を抱えているものだし、辛いからこそ、少しでも日常に幸せと思えることを増やしたいと思うはずです。

 

お金に求めるのも、異性を求めるのも、食を求めるのも、戦いを求めるのも、支配を求めるのも、

人間だからこそ、みんなに少なからずなきゃおかしい部分です。

 

それがあって人間だと想います。

 

でも、誰かを傷付けてまで、それをやる必要はないし、傷付けた分だけ自分自身が一番あとで虚しくなるんですよね。

 

愛に飢えているからそれを直視したくなくなるし、愛が足りないからこそ誰かを攻撃してしまったり怒りに身を任せて一時的な楽をとってしまう人がたくさんだと想います。

 

どんな生き方も、そのままでみんなちがってみんないいからこそ、

自分は、私はどんな生き方をして行きたいのか。

 

というか、難しいことは置いといて、自分の心が心地よくて、本当にワクワクする道はどっちなんだろう?

 

そう考えた時、他人の評価を過度に期待して自分の心を抑え込むのは、やっぱりワクワクなんてしないです。

 

ありのままの自分をさらけ出すと、たいていダサいです。笑

オレはもともとダサいし、臆病だし、ビビリだし、重いし、厨二病だし、めんどくさい部分もたくさんです。

 

それで馬鹿にされるような場面もこれから出てくるでしょう。

見下されて、否定や批判もあることでしょう。

 

でも、いいじゃん!!

だってオレと同じ人間なんて絶対に存在しないんだから。

 

顔が違うんだから心も考え方も歩き方も生き方も、誰一人同じな訳がない!!

 

同じに寄せなきゃ批判されるのは、どっかの誰かさんが勝手に決めた「社会」という見えない常識でしかない。

 

そんな常識に怯えてビクビク自分を抑え込んで生きるよりは、いくら馬鹿にされても笑われても、自分が本当にワクワクするありのままな生き方で進んでいきたい。

 

一歩ずつ、1日少しずつでもいいから、進めればいい。

 

馬鹿にされてもいいじゃん!

笑われてもいいじゃん!

見下されてなんぼだよ!

批判も否定もあっていいじゃん!

 

みんなちがうんだから!

みんなちがうからこそ、みんないいんじゃん!!

 

 

みんなちがってみんないいんだから、あなたはありのままのあなたで良いんだよ!!

オレもありのままのオレでいいんだよ!

 

オレは、みんな違うことを個性として尊重できる人たちと、たくさん出会って生きていきたい!

 

誰かを馬鹿にして笑うより、

誰かを愛して笑わせてあげられる人生にしていきたい。

 

そうやって一人ずつに愛を拡げて行きたい。

 

たった一人でもいいから、ありのままの自分を認めてくれる人がいればそれで幸せだと想いたい!

 

悩んで苦しんでいる人の闇の中に眠っている光を、オレだけはひたすら探し続けたい。

 

 

いくら孤独でも、諦めずにいつか1人にでも愛が伝われば、オレが生きている意味があったってことになるはずですよね。

 

それがオレの生まれた意味であり、

きっと地球に存在しているみんながそれを求めているのかもしれません。

 

オレはオレなんだ。

あなたはあなたなんだ。

誰一人同じではないからこそ、違いを大切にして、痛みを分かち合って、少しでも愛を共有できるはず。

 

否定するのも戦うのも傷付け合うのも自由。

でも、自分はどんな毎日にワクワクするのか、どんな自分が心地いいのか。

 

それをひたすら正直に求め続ける人生でいいんですよね!

 

無理せず、焦らず、自分のペースでいいから、

1日本当に小さな歩みでいいから、「今」という瞬間を一歩ずつ。

 

お読み頂いてありがとうございました。

 

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