自分が幸せになることが、周りを幸せにする一番の近道。

「自分」ってなんだろう?

昨日は、久々に独りで思いっきり泣いた日でした。

自分の「ほんとうのきもち」に向き合って、自分の本当の感情を、ありのままで認めてあげました。

 

嫌な部分を見ようとせずに逃げているときには見えなかったことが、自分の気持に向き合おうとした時に自然に目の前にいつもやってきてくれます。

いつだって自分の見たいものが目の前にやってくるんだと思います。

 

それはネガティブな体験も、ポジティブな体験も。

宇宙的には良いも悪いも無いからこそ、

どちらも望めば平等に、限りなく豊かに体験できるのがこの世界の法則なのでしょうね。

 

だからこそ、本当の気持を抑え込んで無視すればするほど、自分的にはネガティブに想えることをどんどん引き寄せてしまう。

なぜなら感情を抑え込むのは、自分自身のありのままな生き方ではないから。

 

私が大好きな漫画「NARUTO」に登場するキャラクター、「うちはイタチ」はこんな言葉を言っていました。

「自分を知るということは、全てを成し完璧になることではないと今やっと分かる。それは己に何ができ何が出来ないかを知ることだ。己ができないことを許すことが出来るようになることだ。」

 

「尊敬している存在を真似るのはいい・・・だがその存在に己を同一化するな。お前がその存在そのものになれる訳じゃない。」

 

「自分自身の値打ちを称賛に値するものに結び付け、自分の存在意義を見出そうとしてもそこには何もない。嘘を付いて己をごまかすな。己自身を認めてやることが出来ない奴は失敗する かつてのオレのようにな。」

 

「嘘に信頼は無く背中を預ける仲間はできん。そして、嘘は本当の自分すら見えなくさせる。」

 

自分自身の気持ちに嘘をついて、自分以外の優れた誰かの真似をし続け、自分以外の者になりきっていても、それはやがて必ず虚しさしか残らない生き方になっていく。。

 

誰かの笑い方を真似しても、誰かの喋り方を真似しても、誰かの生き方を真似してなりきっていても、それはいつしか本当の自分自身をどんどん見失うことへも繋がりかねない。

 

ネガティブな感情、暗い部分、弱い一面、黒い気持ち、、

そういうものを嫌って、「弱さは排除するべき」という常識に従い続けていれば、いつのまにか自分の本当の、ありのままの気持ちがわからなくなってしまいかねない。

 

自分に嘘を付くような生き方をしている自分に、誰が本気で賛同してくれるだろうか。

誰が本当の意味で共感してくれるのでしょうか。

 

そんな嘘つきな生き方で、「本気で好きだと想える人」と出会うことができるのでしょうか??

 

きっと、自分が自分を認めてあげられなければ、人から本当の意味で認めてもらうことなんて、できないんだと思います。

 

闇を排除して、無理やり明るい部分だけを見ようとする生き方。

それはきっと上辺だけの、取り繕った自分の薄っぺらい生き方に繋がる道だと思います。

闇を否定する必要は無かった。

人に見られたくない過去や、絶対に言いたくない悩み。

そういう闇をいつまでも無視して葬り去ってたら、ずっと虚しい、モヤモヤした孤独の中を生きなければならないんだと思います。

 

ある人はこんなことを言いました。

闇が深ければ深い夜ほど、きらめく星をたくさん見つけることが出来る。

闇が深いからこそ、悩み苦しむ人たちの輝きをたくさん見つけることができる。

 

今まで自分は闇をすごく嫌なものと思っていました。

嫌で嫌で見たくなくて、本当に全部なにもかもなくなってしまえばいいと思いました。

「オレの気持ちなんて誰もわかるはずない」そう想ったりしました。

 

でも、深い闇があるからこそ、小さな光にも気がつくことができるんだと想います。

闇があるからこそ、同じ闇の中で本気で苦しんでいる人の痛みがわかります。

 

孤独だからこそ、孤独な人の気持がよくわかります。

苦しいからこそ、誰かの力になれたときに、とてつもなく嬉しく感じます。

 

それはきっと、闇が無かったら感じられない光なんだと想います。

 

そう思えば、私の闇は無駄にはならない気がしてきました。

底知れぬ闇と向き合い続けるからこそ、闇の中でもがく人たちの心に、小さな光を導いていくことができる。

そして、闇でもがく人の心の中に眠っている、かけがえない光を見つけることができる。

自分が幸せになることが、一番周りのためになる?

だから、まずは自分自身が幸せになることから始めたいです。

自分自身を幸せにしてあげられない奴が、他人のことを幸せになんかできない。

 

自分に嘘つく行動を少しずつ認めていきながら、どんな自分も自分なんだと許していきながら、ゆっくりでもまず自分自身が幸せになることが、それがそのまま何より周りのためにもなるんですよね!

 

イタチは言いました。

「己を許し本当の自分を認める者・・・それこそが本当の強者だ!!」

 

他人は他人!オレはオレなんだ!

闇があるからこそ、オレなんだ!

みんなちがってみんないいんだ!

 

表向きで輝くことだけがすべてではないはずだし、自分に嘘ついてまで手にする栄光なんて虚しさしか残らないはず!

 

だからこそ自分は、裏の生き方や闇の中の歩き方こそ、強く拡めて行きたいです。

そんなかっけー、「闇夜の導き人」にオレはなるぞ!

 

 

闇に惹かれるのが人間。

弱さに飲み込まれてダークサイドに堕ちそうになってしまうのが人間。

 

でも、本当の愛は絶対に、深い闇にも届く光になる。

だから自分は闇の中でこそ愛を拡げて行きたい。

 

それでいつか、いろんな闇を愛せるようになりたい。

自分の中の闇も、だれかの中の闇も、一つ一つと向き合って、許して認めて愛して行きたいです。

そしたらいつか夜明けは来ると想います!!

 

「闇夜の導き人」と聞いて真っ先に頭の中で流れた曲がありました。↓

(NARUTOのエンディングテーマだった曲なのですが、「サスケの闇」がテーマのエンディングでした。

両親や一族の死、兄への憎しみや幼い頃の楽しかった幸せな想い出。。

それでも自分の存在理由を探し続け、憎しみと愛の狭間で揺れ動きながら、闇に支配されそうになったり復讐に囚われてしまったりするのですが、彼のしたことを全否定できないし、むしろとても共感してしまいます。迷いながらも孤独に前へ進む姿がすごく悲しくもあり、とても惹かれるキャラな「うちはサスケ」でしたー。この曲聴くと泣きそうになりますまじで。)

「比べられることなど 奪われることなどない 君は君でいい さぁ笑ってみせて 何も考えずとも そこに理由が無くとも それこそが素晴らしい始まり さぁ、夜明けだ」

 

 

悩んだ時間は絶対無駄になんかならねえぞ!!

 

お読み頂いてありがとうございました。

 

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