ないものねだりの自分の性格。目の前の「ある」こそ大事にしよう。

 

ついつい「ないものねだり」になって、調子こいて勝手に1人で病んでしまう癖がある。

 

まず、いまの自分の環境がどれだけ恵まれているかを実感した。

 

自分の部屋があって、支えてくれる両親がいて、美味い飯が食えて、風呂入れて、安心して寝れる場所があって、

こんな贅沢な環境に引きこもらせてもらってるのに、自分はいつも「無い」ものばかりに目を向けて、甘ったれて、ほんと甘ちゃんだ。

 

いくら肌に悩んでいるからって、いくら腰が痛いからって、明日死ぬわけではない。

それでも自分の悩みは自分にしかわからない苦しみだから、人と比べるものではないけど。

 

でも、やっぱ当たり前なことへの感謝が薄れていた気がする。

 

自分は本当にすぐ調子こいて、当たり前な日常を見落とすことがよくある。

 

でも、これまでそうやって色んな苦しみや葛藤と共に進んできたからこそ、振り返ってみると大きな進歩が得られている気がする。

 

どんな体験も、どんな気持ちも、どんな不調も、全部が自分の糧になる。

それはわかっているけど、やっぱ辛い時は辛い。

 

だから、無理に自分を偽って無理して頑張りすぎるんじゃなくて、自分のペースでゆっくり一歩ずつ一歩ずつ進むことが大事だと、改めて実感した。

 

 

・・・ということで、

感謝をひたすらさらけ出そうと想います。(謎展開

 

 

毎日ありがとうお父さんお母さん!

いつもそばにいてくれてありがとうチビタ!

自由に飯が食える環境に感謝、ありがとう!

風呂入れる環境に感謝、ありがとう!

歩けるって最高、身体ありがとう!

自然が身近にある環境にに感謝、ありがとう!

パソコンもスマホもいじれる奇跡、ありがとう!

 

一年前の自分はもっと比べ物にならないほど辛かったんじゃないか?

肌の状態も最悪だった、腰も死にたいくらい痛かった、生きる希望も無かったはずだ。

 

少しずつ確実に進んできたはずだ。

 

すべてが当たり前なんかじゃなく、奇跡だ。

生きているということだけで、かなりありがたい。

 

当たり前に想えることって、失ったときに初めてその奇跡を痛感する。

 

だから、なるべく感謝を忘れずに、「今」という瞬間を大事にしていきたい。

 

こんな事書いて、またすぐ忘れるのが自分だ。笑

 

でも、それでいいと想いたい。

そうやって忘れて思い出しての繰り返しでも、少しずつ進めればいいと想いたい。

 

ネガティブがあるから、ポジティブが存在できる。

嫌なことがあるからこそ、良いことを夢見ることができる。

そうやって、全部の経験がいつかの学びになるはずだ。

 

自分と繋がってくれている人たちを信じて、ゆっくりと進んでいきたい。

 

ありのままの自分で笑える日に向かって、「今」を一歩ずつ進もう!

 

お読み頂いてありがとうございました。

 

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